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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5180号 判決

原告 唐沢寿美雄

右訴訟代理人弁護士 佐藤圭吾

被告 東調布信用金庫

右訴訟代理人弁護士 大林清春

主文

被告は、金四、六七〇、一八〇円およびこれに対する内金二、〇五〇、五八〇円については昭和四一年四月一八日から支払済みまで百円につき日歩七厘の割合による金員を、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については昭和四一年五月二日から同年八月一日まで年四分一厘、同年八月二日から右支払済みまで百円につき日歩七厘の割合による金員を、内金一、六一九、六〇〇円については昭和四一年四月二八日から右支払済まで百円につき日歩七厘の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、原告において、金一〇〇万円の担保を供するときは、主文第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として「被告は原告に対し、金一二、三一九、一八〇円並びにこれに対する内金二、〇五〇、五八〇円については昭和四一年四月一八日から支払済まで一〇〇円につき日歩七厘の割合による金員を、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については昭和四一年五月二日から同年八月一日まで年四分一厘、同年八月二日から支払済まで一〇〇円につき日歩七厘の割合による金員を、内金一、六一九、六〇〇円については昭和四一年四月二八日から支払済まで一〇〇円に日歩七厘の割合による金員を、内金七、六四九、〇〇〇円について日本訴状到達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり陳述した。

第一、被告東調布信用金庫(以下被告金庫という。)は信用金庫法によって承認された預金の預入れ、貸出を業とし、訴外大八木誠也(以下単に大八木という。)は被告金庫大森支店において、ついで昭和三九年一〇月一日から昭和四一年五月一一日まで同蒲田支店において現金担当支店長代理として、得意先に対する預金の勧誘並びに預金の集金などの職務を有し、かつ店内においては支店長を補佐して、預金証書に理事長印を押印し、証書を発行し、併せて定期預金証書並びにその台帳の保管など預金事務に関し包括的な職務を担当していたものであるが、原告は被告金庫に対し、蒲田支店扱をもって

(一)  (1) 昭和四一年二月一日から同年四月一八日まで継続して山田正子名義で、普通預金として利息日歩七厘の約定で合計金二〇五〇、五八〇円を預託した。右預金契約成立の経緯は、原告が被告金庫大森支店に「近藤たけ」名義で預託していた普通預金を蒲田支店開設と同時に昭和四一年二月一日頃「山田正子名義に変更し、大八木は被告金庫の代理人として原告方に集金に来ていたもので、甲第一号証記載の預り欄記載の金員を各預託し、払戻欄記載の金員については大八木が払戻の請求書を持参しこれに押印して引き出して貰うことにしていた。大八木が同年四月二八日頃原告方を訪れ、甲第一号証の通帳を持参し、現金残高二、〇五〇、五八〇円であることを説明し、その時金二〇〇万円を第三者に融資して欲しい旨懇請されたことはあるが、原告が大八木に右通帳の中から融通してもよいと云ったことはなく、右残高がなくなることはない。

(2) 仮りに大八木に権限がなかったとしても、支店長代理として普通預金帳を金庫に預り集金、入金、出金など行員が自宅に赴いて簡便にやっていることもしばしばであるから、原告において大八木に一切の権限があると信ずるに正当な事由があり、被告金庫において責任を免れない。

(3) 仮りに大八木においてその権限を乱用し、原告から昭和四一年二月一日から同年四月一八日まで普通預金名目で二、〇五〇、五八〇円を費消の目的で詐取したとすれば、大八木が原告に蒙らせた損害を被告金庫は、前記のとおり職務に関する執行々為によるものであるから、民法七一五条一項により大八木と共に連帯して責任を負わなければならない。

(二)  (1) 昭和四一年五月二日、太田宏名義にて、定期預金として被告金庫に対し、満期昭和四一年八月一日、利息年四分一厘の約定で金一、〇〇〇、〇〇〇円を預託した。従って被告金庫は原告に対し昭和四一年八月一日限り払戻に応ずべきである。

(2) 仮に大八木がその権限を乱用し、原告から昭和四一年五月二日金一、〇〇〇、〇〇〇円を定期預金名目下に費消のため詐取したとしても、すでに述べたとおり被告金庫の職務の執行に関する行為により原告に同額の損害を蒙らせたものであるから、被告金庫は原告に対し民法第七一五条第一項により、当然大八木と連帯して損害賠償の責任がある。

(三)  (1) 左記記載の預入日欄の日に、預金名義人欄の名義にて、定期積金として、金額欄記載の金員合計一、六一九、六〇〇円を預託した。

通帳番号

預金名義人

預入日

実掛預金額

一五九〇

唐沢寿美雄

(自昭和三八年七月二六日

至昭和四一年四月二八日

四五〇、四〇〇円

一五九一

近藤たけ

(自昭和三八年七月二六日

至昭和四一年四月二八日

四五〇、四〇〇円

一五七六

小山せつ

(自昭和三九年二月一九日

至昭和四一年四月二八日

三五九、四〇〇円

一五七五

相馬直枝

(自昭和三九年二月一九日

至昭和四一年四月二八日

三五九、四〇〇円

計一、六一九、六〇〇円

(2) 仮に被告金庫に定期積金返還の責任がないとしても、前示第一、(1)(2)で主張のとおり原告には大八木が積金の集金をなすについて権限があると信ずる正当な事由があるから、被告金庫において全額支払いの責任がある。

第二、大八木は前示第一冒頭記載の地位にあり、その権限を有する職員であるところ、

(一)  大八木は昭和四一年二月二八日、原告宅に来り、原告に対し、真実は貸与を受ける投資信託受益証券は入質処分するつもりであるにも拘らず、これを秘し、本店の訴外生沢貸付係に「客から融資を依頼されているが、担保が不足しているので貸付のわくがとれない、客のために無記名の株券があったら一時貸してほしい。」と頼まれている。客が証券をもっていると融資が受け易いし、本店の右生沢のために骨を折っていると支店のために今後有利であるからと虚構の事実を申し向け原告をして誤信させ、原告から寸借名下にて、原告所有の大商証券無記名式投資信託受益証券十万円券二一枚、五万円券六枚(総額二四〇万円。以下本件ユニツトという。)を騙取し、これを昭和四一年四月一四日訴外安田質店に入質処分した。そこで原告は右証券を同質店から金一、〇四九、〇〇〇円でこれを買戻し、これによって原告は右金員相当額の損害を受けた。

(二)  大八木は原告に対し、前同様被告金庫に融資を申込んでいる顧客の便宜をはかるため、一時つなぎ資金として金を貸して欲しい、その金は、被告金庫に入金するものであるし、被告金庫の定期もあるので絶対心配はいらない旨虚構の事実を申向け、被告金庫理事長印のある左表の預金証書(以下本件偽造定期証書という。)を真正に作成されたものとして提示し、原告にその旨誤信させ、左記預入れの日に預入金欄記載の金員合計五、〇〇〇、〇〇〇円を騙取し、原告は右金員の損害を受けた。

大八木は原告に対し、金融を得るために、右偽造定期預金を交付した外形を呈しているが、同人が被告金庫において定期預金証書の発行払戻、保管の権限を有している以上、正規な用紙を用いて作成した右証書を交付したことは、動機が何であれ、少なくとも外形上被告金庫の職務行為というべきであり、仮に職務行為の外形をなさないとしても顧客の便宜を計ることも現在の銀行業務からは職務行為に反しない行為というべきである。原告としては大八木の地位からして、右証書は真正なものであり、満期に証書を同人に持参すれば何時でも払戻を受けられると誤信するのは無理からぬことである。被告主張のように右証書に質権を設定したり譲受けなどのつもりはなく、原告がしばしば他人名義を使用しているように第三者名義の定期預金をしたつもりで、大八木に金員を交付したものであり、被告金庫には民法第七一五条により損害賠償の責任がある。

証券番号

額面

名義人

満期

預入日

預入金

七六七

一、〇〇〇、〇〇〇

平山正夫

昭和41・5・30

昭和41・3・17

一、〇〇〇、〇〇〇

一三〇四

一、〇〇〇、〇〇〇

斎藤正治

昭和41・8・16

昭和41・4・18

一、〇〇〇、〇〇〇

八三七二

二、三五〇、〇〇〇

須田正三

昭和41・9・25

昭和41・4・8

二、〇〇〇、〇〇〇

一一九五

八三二、一四二

長谷川松美

昭和41・10・20

昭和41・4・5

一、〇〇〇、〇〇〇

(三)  大八木は、被告金庫の顧客である石忠のため、一時的に手形を割ってほしい。すぐ貸付が開始するからつなぎ資金とするものであるから、原告に迷惑をかけないからと虚構の事実を申し向け、その旨を誤信させ、あらかじめ偽造に係る石忠工業株式会社、東海電線株式会社の手形等を担保にして昭和四一年三月二四日金一、〇〇〇、〇〇〇円、同年三月二五日金三〇〇、〇〇〇円、同年三月二七日金三〇〇、〇〇〇円合計金一、六〇〇、〇〇〇円を騙取した。そこで原告は右金一、六〇〇、〇〇〇円の損害を生じた。

(四)  右原告に生じた右(一)ないし(三)の損害金合計金七、六四九、〇〇〇円は、大八木については民法第七〇九条の規定に依り当然損害賠償の責任があるが、被告金庫は大八木の使用者として同人に前記記載のとおり業務を遂行させていたものであり、大八木のこれらの行為はいずれも被告金庫の業務に密接な関連があるものであり、民法第七一五条により大八木と連帯して損害賠償の責任を負うべきである。

大八木は被告金庫の支店長代理であり、被告金庫の顧客を維持するために顧客間の便宜をはかっているもので、現在の金融関係の業務の現状からして、当然職務上の行為であり、仮りに職務行為でないとしても職務に反しない行為であって使用者責任を負うべきである。

また被告の選任監督に過失がない点は争う。本件は大八木のほんの一部の事件であり、被害者は外に多数存在している。被害額も莫大なもので、期間も長期にわたっている。又大八木だけでなく、被告金庫の他の職員も関係している部分もあり、このような事情から、まさに選任監督については、被告金庫の過失は大きいといわねばならない。

第三、そこで原告は被告金庫に対し

(一)預託金合計金四、六七〇、一八〇円並びに

(1)内金二、〇五〇、五八〇円については、最終預入れ日である昭和四一年四月一八日から支払済まで約定による普通預金利息日歩七厘の割合による金員、

(2)内金一、〇〇〇、〇〇〇円については預入れの日である昭和四一年五月二日より定期満期である同年八月一日まで約定による年四分一厘、同年八月二日から支払済まで約定による普通預金利息日歩七厘の割合による金員

(3)内金一、六一九、六〇〇円については、いずれも預入れの最終日である昭和四一年四月二八日から右支払済まで約定の普通預金利息である日歩七厘の割合による金員

(二)訴外大八木誠也と連帯して不法行為による損害賠償として、合計金七、六四九、〇〇〇円およびこれに対する本訴状到達の翌日から支払済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金

の各支払を求める。

立証〈省略〉。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決および担保提供を条件とする仮執行免脱宣言を求め、答弁として次のとおり陳述した。

原告主張の事実のうち、

第一、被告が信用金庫法によって承認された預金の預入れ、貸出を業とするものであること、大八木が被告金庫において原告主張のような職務を担当する職員であったことは認める。

(一)原告が被告金庫に普通預金として合計金二、〇五〇、五八〇円を預託したとの点を否認する。預金契約の法律的性質は金銭の消費寄託であると解せられ、従って預金が成立するためには金銭または金銭を同視されるべきものの授受を必要とし、その授受がなければ預金は成立しない。甲第一号の普通預金通帳預り欄に記入した金額は大八木が原告に対し預金成立を仮装するため架空の記載をしたもので、原告と大八木との間において預金のための金銭の授受はなかったから、原告主張の預金契約は成立していない。

仮に昭和四一年四月一八日現在金二、〇五〇、五八〇円の預金残高があったとしても、原告と大八木との間に同年五月二日右預り金の内から金二〇〇万円を大八木もしくは同人が斡旋する第三者に対する原告の貸付として利用する合意がなされ、預金は金二〇〇万円減少し、その分が貸付金となっているから、原告主張の預金は残高が金五〇、五八〇円となる。

(二)昭和四一年五月二日頃大八木が原告から三カ月の定期預金にする趣旨で金五〇万円を受領したことは認めるが、残余の五〇万円の授受は否認する。原告主張の定期預金は被告金庫の正規の定期預金口座としては存在しないものである。

(三)原告主張の定期積金契約の存在することは認める。但し被告金庫が正当に受入れた積金額及び大八木が原告から定期積金の掛金とする趣旨で受領した金額はは次のとおりである。

被告金庫が正当に受入れた積金額 大八木が原告から定期積金の掛金として受領した金額

唐沢寿美雄名義 四二四、四〇〇円 五二、〇〇〇(第三三、三四回掛金分)

近藤たけ名義 四二四、四〇〇円

小山せつ名義 二一六、四〇〇円 二八六、〇〇〇円(第一七、ないし二七回掛金分)

相馬直枝名義 二一六、四〇〇円

第二  大八木が被告金庫において原告主張のような地位権限を有する職員であったことは認める。

(一)主張の事実は知らない。仮に大八木に原告主張のような事実があったとしても被告金庫の事業の執行と何等関係のないものであるから、原告の主張自体失当である。

(二)被告金庫発行名義の偽造定期預金証書を原告が所持していることを認め、その余の事実は知らない。

(1)偽造定期預金証書を提供してなした大八木の借入れについてはそれぞれ乙第二号証ないし第五条証の約束手形を原告に担保として差入れ、これら約束手形振出人が原告からの借主であることを原告は承知して貸付けたものであり、被告金庫の業務に関しないことにつき原告は悪意である。

(2)仮に原告が大八木に対しその主張のような事情の下で貸付をなし損害を被ったとしても原告は利息名目で大八木から金三〇〇万円程度の支払を受けているから、原告の損害は金二〇〇万円以下になる筈である。

(3)また被告金庫は定期預金証書が不正に利用されることを禁ずるために定期預金証書の譲渡質入れを禁止しているのであり、証書にその旨を記載している。従って、原告は大八木に金融するに当って、定期預金証書を提示され信用したということは極めて不注意だったというべきである。原告は昭和四〇年六月頃から大八木と金銭貸借を繰返し行っておりそれが滞りなく決裁されていたので大八木その人を信用して本件貸借を行ったのであり定期預金証書を信用したというのは当らない。

そもそも定期預金証書は譲渡質入が禁止されているものであるから原告所持の各定期預金証書が真正なものであったとしても同預金によって原告は貸金の弁済を受けることはできないのであるから担保の効力を有しないものである。従ってもともと担保の効力を有しない定期預金証書の交付を受けて貸付をなしたのは、原告が担保価値についての判断を誤ったに過ぎない。その担保価値においては定期預金証書が真正のものであろうと偽造のものであろうと被告金庫との関係では何等変りはない。それ故大八木が交付した定期預金証書が被告金庫の発行名義だとしても被告金庫が使用者責任を負うべき理由はない。

(三)記載の事実は知らない。仮に大八木に原告主張のような行為があったとしても被告金庫の事業執行と何等関係のないものであるから原告の主張は失当である。

(四)記載の原告の主張を争う。

(1)原告は大八木が被告金庫の業務と関係なく個人的な貸借として行うものであることを知ってなした取引であるから被告金庫には何等責任を帰すべきいわれはない。すなわち、被告金庫は原告も主張するように、預金又は定期積金の受入、資金の貸付会員のためにする手形の割引を業とするもの(信用金庫法第五三条一項一号ないし三号)であって、他人間の金融の斡旋媒介を業とすることはなく、かえって金庫の役員、職員、その他の従業者は金融の斡旋媒介は法令によって禁止されている(出資の受入預り金及び金利等取締に関する法律)。

ところで大八木は被告金庫蒲田支店の預金担当支店長代理として預金証書の作成事務を担当する者ではあったが、被告金庫は預金証書を作成するについては、かねてから預金事務処理取扱い規定をもうけて事務処理を監督し、就業規則、職務規定をもうけて金庫の職員たる地位を利用して借財をしたり、他人間の金融斡旋をすることを固く禁じて監督したのである。従って被告金庫の厳重なる禁止に拘らず、大八木が金庫に秘匿裡に原告との間になした本件取引の如きは事情を知ってなした原告こそ被告大八木との取引の結果を負担すべきものであって、選任監督を尽した被告金庫としては責任がないと言うべきである。

(2)また、金銭取引貸借をなす動機、原因として、たとえ職員が「金庫の顧客の便宜を図るため」と申したとしてもそれは単なる言葉の内容をなすだけであって、「被用者の行為」ではなく、言葉として述べた内容が金庫の事業と関連のある事項であっても「事業の執行に付なした加害行為」といえないことも明らかである。大八木は被告金庫蒲田支店の預金事務を担当する職員ではあったが貸付事務を担当する者ではなかった。従って同人が金庫の顧客に対して金庫として貸付決定する権限を有しないのみならず、かかる貸付権限を有するが如き外形的事情も存在しない。それ故大八木が原告に対して顧客に対する貸付けの事情を述べたとしてもそれは同人の権限外の事項であり原告はこの事を知っていたものである。

(3)民法第七一五条所定の使用者責任の要件は、被用者の行為が外形上使用者の「事業の執行に付き」なされたと認めうること、および「使用者の事業の執行に付き」なされたという為には使用者の業務組織の態様の中で被用者の使用によって使用者の社会的活動が拡張されたと客観的に認められる範囲内でなければならない。換言すれば他人を使用する者はその使用者に職務を与えた範囲において自己の事業活動を拡張したと言えるのでありその限度において被用者の行為の危険につき予測することができるのであるが使用者の事業の範囲に属しない被用者の行為は最早使用者においてこれを制御できないのであり使用者の選任監督の及ばない行為は使用者責任を生じないこと民法第七一五条但し書の規定の趣旨から明らかである。原告の主張は大八木が「被告金庫の支店長代理であり被告金庫の顧客を維持するために、顧客の便宜をはかっているもので現在の金融関係の業務の現状からして当然職務上の行為であり、職務行為でないとしても職務に反しない行為である」というのであるが、かかる解釈は前記出資受入預り金々利等の取締に関する法律の禁止するところを結果的に是認することとなり、法の存在意義を没却するものであって到底首肯できない。金庫の職員が相手方に対して如何に当該取引行為が業務の一端をなすが如き言辞を弄して金銭貸借をなしたとしても、その貸借行為自体が金庫の事業の範囲内であるか、少なくとも外形上金庫の事業と認められるものでなければ、金庫の「事業の執行に付」なした行為ということはできない。しかして、被告金庫は他人間の金銭貸借の媒介斡旋を事業目的としておらず、実際にも行っていないので大八木の原告に対する本件行為が被告金庫の事業執行と関係がないことも明らかである。

(4)本件偽造定期証書と約束手形による原告主張第二、(二)および(三)掲記貸付金の内金二〇〇万円は、同第一、(一)主張の甲第一号証普通預金通帳記載の金二、〇五〇、五八〇円の一部を当てているから、どちらか一方の請求が成立すれば、他方の損害はそれだけ減少するものである。従って仮に被告に責任があるとしても、不法行為に因る損害額は五〇〇万円から二〇〇万円を控除した三〇〇万円ないしそれ以下であるべきである。

(5)原原は、第二、(一)、(二)の貸借について、大八木から一ケ月二%ないし三%の割合に当る謝礼を得ており、その額は少なくとも本件ユニツト借用について五万円、本件定期証書担保借用について金三〇万円を下らないので、これを控除すべきである。

立証〈省略〉。

理由

一、被告金庫の業務については、原告主張のとおりであること当事者に争なく、〈証拠〉によると大八木の被告金庫における地位および職務上の権限は原告主張のとおりであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

二、〈証拠〉によると、原告提出の甲第一号証は、大八木が被告金庫大森支店に勤務中原告が近藤たけ名義で預金していた五万余円の口座を、大八木が蒲田支店に転勤した機会に同人の依頼によって山田正子名義の同支店扱普通預金口座に改められたこと、その通帳は昭和四一年二月一日同支店の台帳に記載されたが、即日発行が取消されたこと、右取消の事実は、大八木の一存でなされ原告は知らなかったこと、此の通帳と使用印鑑は、その後も概ね原告が保管し原告の預金の預入れ、払戻しの依頼に応じ大八木がこの通帳に記載してその手続をなし、同年四月一八日に原告宅に於てその残高の記載が金二、〇五〇、五八〇円であることを大八木と原告の間で確認し合ったこと、以上の事実が認められ、この認定に反する〈証拠〉は信用できない。右認定の事実および前第一項認定にかかる大八木誠也の被告金庫における地位、権限を総合すると、原告は被告金庫との間で山田正子名義の普通預金契約を締結し、昭和四一年二月一日現在で預託金額二、〇五〇、五八〇円であったことが認められ、その預金利息が日歩七厘の約定であったことは被告の明らかに争わないところである。被告は右預金契約の成立に必要な金銭またはこれと同視されるべきものの授受がなかったから右契約は成立していない旨および同年五月二日原告と大八木との間で右預り金の内から金二〇〇万円を大八木もしくは同人の斡旋する第三者に対する原告の貸付金として利用する合意がなされ、預金は二〇〇万減少してその分が貸付金となっているから原告主張の預金残高は金五〇、五八〇円に過ぎない旨主張するけれども、此の主張に沿う大八木の証言部分は前認定に照し信用できず、採用の限りではない。

三、〈証拠〉によると原告は昭和四一年五月二日に太田宏名義で被告金庫に対する定期預金として、満期同年八月一日、利息年五分六厘の約定で大八木に対し金一〇〇万円を交付したことが認められる。被告は右交付に係る金員は五〇万円である旨主張するけれども、此の主張を採用するに足る信用できる資料はない。右認定の事実および第一項認定の大八木の被告金庫に於る地位権限を総合すると、原告と被告との間で昭和四一年五月二日太田宏名義、満期同年八月一日利息年五分六厘とする定期預金契約が成立したことが認められ、また満期経過後の預金利息が普通預金利息の率たる日歩七厘であることは被告の明らかに争わないところである。

四、原告主張の定期積金契約の存在することは当事者間に争がなく、ただ被告は、被告金庫が右契約の趣旨に従って受入れた金額の合計は金一、二八一、六〇〇円であって残額金三三八、〇〇〇円については大八木が原告から右契約の積金として受領したに過ぎず当該部分について、右契約は成立していない旨抗争するもののようであるが大八木の職務権限が前第一項認定のとおりであるから、原告主張の定期積金契約はその全額について存在するものと解すべきであって、此の点に関する被告の主張は採用できない。そして最終預入日である昭和四一年四月八日以降右積金額につき日歩七厘の利息を付すべき約定の存することについては、被告の明らかに争わないところである。

五、〈証拠〉によると、昭和四一年二月二八日大八木は原告宅に於て同人所有の本件ユニツトの交付を受け、同年四月一四日これを訴外安田質店に入質処分したこと、原告がこれを同質店から金一、〇四九、〇〇〇円で買戻し、これに因って右金員同額の損害を受けたこと以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。さらに〈証拠〉によると、大八木が原告から本件ユニツトを借り受けた理由として、被告金庫本店の幾沢が金庫に対する貸付申込に添付し、他のお客が貸付を受けられるよう便宜を図ってやる為であった旨原告に説明し、貸付申込者の資産の裏付の参考資料とする目的であったことが認められ、まだ原告本人の供述によると、大八木からその頃名前は聞かなかったが得意先が融資を得るのに適当な担保を貸してほしい、貸してやれば同僚の右幾沢に協力することになり、原告と大八木は何かと便宜が得られる旨説明を受けたので期間を一五日位とし大八木に本件ユニツトを貸与したことが認められ、以上の各認定事実に反する証拠もない。以上の事実によると大八木が原告から本件ユニツトを借り受けたのは訴外幾沢の利益を図ってやる目的に出たものであるから、原告が被告金庫の事業の執行に付いて、大八木に貸与したと解することはできない筋合で、被告金庫が原告に対し大八木の行為に因に被った損害を賠償する義務はないものと言わざるを得ない。

六、〈証拠〉によると大八木が被告金庫の用紙と同理事長の印章を使用して金員の払込なきに拘らず作成した本件偽造定期証書(甲第一三ないし甲第一六号証)を原告主張の項原告に担保として提供して、引換に原告から合計五〇〇万円の金員の交付を受けたこと大八木が原告に対し右金員借受けの趣旨として被告金庫に融資を申込んでいる顧客のために、同金庫から融資が受けられるまでの間一時のつなぎ資金として右顧客に貸してほしい旨説明し、原告はその趣旨で右金員を交付したものであること、以上の事実が認められ、右認定を妨げる資料はない。以上の事実によると原告が金員を交付したのは、被告金庫の顧客のため、被告に代って一時融通したので、被告金庫の事業の執行につきなされた行為ということはできないから、原告が被用者たる大八木の右行為により損害を被ったとしても、被告金庫に使用者としての損害賠償義務が発生しないのは当然である。

七、〈証拠〉によると、大八木は原告に対しあらかじめ偽造に係る石忠工業株式会社、東海電線株式会社の約束手形(甲第一七ないし第一九号証の各一、二)を担保として提供して、これと引換に原告から、昭和四一年三月二四日以降三回に合計金一六〇万円の交付を受けたこと、大八木がその趣旨として被告金庫の顧客である石忠が被告金庫から貸付を受けるまでの間一時のつなぎ資金を得るため右約束手形を割ってほしい旨説明し、原告がこの依頼に応じて右金員を手形割引金として交付したものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。右認定事実によると、原告の手形割引は、被告金庫の顧客石忠のために行ったものであるにしろ、未だ被告金庫の営業内容と同種の取引をなしたに止まり、その事業の執行につきなされたものとは到底解し難く、原告の被った損害を被告が賠償しなければならない理由はない。

八、以上第五ないし第七項に説示したところによると、原告の大八木に対する金員の交付は、被告金庫の事業の執行とは何ら関係のないものであるから原告の被った損害を賠償する責に任じないものとし、被告のその余の主張を判断するまでもなく、原告主張の請求原因第三(二)掲記の請求は失当として棄却を免れない。

九、原告主張の請求原因第三、(一)掲記の各請求は、前第一ないし第四項に説示した如く理由があるからこれを正当として認容(但し定期預金の預入から満期までの利息は、年五分六厘の範囲内での請求年四分一厘とする)することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条仮執行およびその免脱の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長井澄)

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